私がどんな経緯で今に至るのかということを赤裸々にストーリーとしてまとめました。

今の自分を形作ったエピソードでもあります。

ストーリー

「馬鹿!何やってんだ!」

2014年。

私は会社員として手取りで17万の給料で1日12時間働いていた。

仕事では円錐角膜という目の病気の影響でミスしたり、人より仕事が遅いことでよく怒られていた。 

悔しさと不甲斐なさに耐えきれずに壁パンして鬱憤を晴らしたり、ときには泣いた日もいくつかある。

「目が良くなれば世界は変わるんじゃないか…?手術はリスクがあるけど賭けてみる価値はある。怖い。けど、きっと大丈夫。成功確率は高いって聞いてるし自分でも散々調べた。自分のときにもきっと上手くいくはず。」

そして、目の手術を受けた結果・・・

手術の失敗

失敗した。

マイナス地点からフラットに戻るために受けた30万円かかった目の手術は失敗に終わった。

これはある種、人生を変えてくれる期待を乗せたものだったけど、その期待は粉になって飛んで消え去った。

取り戻せると思っていた自信も、私の元に届く前に失意の中に墜落した。

そして、不安にさらなる拍車をかける出来事が起きた。

「融資が受けられない」

会社が不吉なサインを出していた。

もしも倒産してしまったらハンディを抱えて普通の仕事すらまともにこなせない私をどこの会社が欲しがるというのだろうか。

聖母マリアか、マザーテレサのように慈愛に満ちた社長がいるところくらいだろう。

飯が喰っていけない、路頭に迷うかもしれないという避けたい未来の可能性。

これは深刻な問題だった。

結婚と願望

当時、結婚を考えていた彼女がいた。

もし、路頭に迷えば彼女を幸せにすることもできないし、結婚することも無理だろう。

会社という後ろ盾を失うかもしれないプレッシャーは想像以上だった。

新たな後ろ盾を得ることにも期待できず、自力でなんとか解決策を見つけるほかなかった。

タイムリミットは静かに迫ってくる。

「なにかないだろうか…?」

部屋の片隅に無造作に置かれていたパソコン。

小学生の頃、先生が「使えば魔法の箱。使わなければただの箱」と言っていたことを思い出し、埃を払い、パソコンを起動した。

魅力的な可能性

調べていくうちに、インターネットを使ってお金を稼げるという情報を見つけた。

全く未知の世界。

「本当なんだろうか?」

ふらふら漂う虫を誘惑してバチバチ感電死させる夜の殺虫灯のごとく、液晶にギラギラ映る魅力的な世界。

不透明で怪しく危険な匂いを感じたのはいうまでもなかった。

「不安だ。安全なのか危険な橋なのか?いかにも怪しいけど・・うーん、よくわからない…試してみるしかない・・もう目の手術で失敗したし、それより悪くなることもないと思うんだ。そう願いたいし、もし神様がいるならそこまで意地悪じゃないことを期待してます…。」

幸か不幸か、手術に失敗したことで冷静に考える余裕が頭の中になかった。

月並みの願望

ただ、それを学んだり実践することにはお金が必要だった。

手術費でお金を失ったばかりの私は生活も苦しく「自分にできるのか・・・?」という不安もあった。

なんせ、「人よりできない」というコンプレックスも強かった。

けれど会社の後ろ盾を受けれるタイムリミットは限られているし、当時付き合っていた彼女と幸せな家庭を築きたいという月並みの願望があった。

「理想は子供が2人で女の子が先で次に男の子。赤茶で短足な柴犬も飼いたい。家族4人+1匹で公園に散歩にいって一緒に遊んで、子供がこっちにダダダと走って抱きついてきたら抱っこして肩車してあげる。そんなかわいい時代も終わってそのうち一緒にお風呂入りたくないとか、一緒に洗濯しないでとか、パパくさいとか、そんな風に成長していくんだろうなぁ…。あ、年賀状にはこんなに大きくなりました。って感じで子供の写真を載せて友だちに見せたり、将来大人になったときに小さい頃の記録として見せてあげたいな。誕生年のウイスキー買って二十歳になるまで取っておいて、いつか子供と一緒に飲んでみたいな。」

幸せな家庭を夢描く。

それが叶うかどうかは、自分の頑張りにかかっている。

なら、やるしかない。

ガンダムと踊り明かす

誰にも言わず、ひっそりと始めた。

「やること言ったほうがいいかな?いや、待てよ。どうせ反対されるか馬鹿にされるな…そもそも自分でも続けるかどうかわからないし・・あ、でももし上手くいったときにサプライズとして、ホテルのディナーとかでシャンパンの中に指輪入れてもらってプレゼントした方が絶対面白いよな・・よし、とりあえず内緒にしておこう。」

とめどない夢想と妄想を繰り広げて馬鹿らしいかもしれないけど、そうしているうちにやる気が出てきた。

今、目の前にあるチャンスと勢いに任せて、私は未知の世界に踏み込んだ。

インターネットでお金を稼ぐためには何をすればいいのか?

当然ながらそれまで自分でビジネスの経験なんてなかった私には全くわからなかった。

上司から言われたことをこなし、たまに自分の意見を言う。

そんな働き方しか知らなかった。

勉強の必要性を感じるのはもはや必然。

「学ばなきゃならない。でも、お金が…」

そんな理由をつけて無料の情報を漁った。

しかし、膨大な情報を目の前にして結局はどれがいいのか、何がいいのか自分では皆目検討もつかない。

「これだ!これをやるぞ!」という踏ん切りもつかない。

情報に踊らされる毎日。

パソコンに向き合う時間は以前よりも明らかに激的に増えていた。

しかし、一向にそれらしき成果は出てこない。

お金を稼ぐためにパソコンを開いたはずなのに、いつもまにか宝探しゲームみたいになっていた。

しかもさらに悪いことにそれで一仕事した気になってリフレッシュにとプレステつけてガンダムの対戦ゲームを始める。

ゲームに飽きたら友人を誘って飲みに出かけ、しこたま飲んで帰ってきては風呂にも入らず布団に直行して泥のように眠る。

そんなわけで出費は増える一方。

その間にも、刻々とタイムリミットは近づいてきているというのに・・・

猿のようにキーボード叩く

へとへとだ。お手上げです。

いくら調べても何がいいかわからない。

キーボードに八つ当たりし、突然服を脱いで裸になって叫んだりもした。

かつてないほどの情報量に一気にさらされ、脳みそは完全に溶けていた。

いつの間にか財布の中身は何枚かの千円札と小銭だけ。

稼ぐどころか減っている。

「・・このままではいけない」

突破口を見出すために一旦、自分との向き合い方を整理してみた。

真っ暗なモニタに反射した自分の顔を見ながらつぶやいた。

「自分の邪魔をしているものはなんだろう?」

答えは明白だった。

ゲームを全て処分し、暇だからという理由で自分から友達を遊びに誘うのもやめた。

浪費は減り、その分、使える時間は増え、お金も増える。

良薬は口に苦し

私は自分の中で踏ん切りをつけるためにお金を払って学ぶことにした。

「良薬は口に苦し」という言葉もある。

痛みを伴わないと本気になれない。

向き合い方の整理をした結果、自分はそういうタイプの人間だと気づいた。

お金になりそうだと思う教材はいろいろと買ってみた。

一攫千金のうさんくさいものから地に足つけた堅実なものまでそれはもう様々だった。

そして、意識を切り替えた効果は確実にあった。

幸いなことにほんのささやかではあるが成果が出始めた。

「・・おお!」

これまで¥0しかついていなかった画面に、ピョコンと突如¥18がついたときはガッツポーズして小躍りした。

小さいながらも予感を感じる手応え。

しかし、まだまだ自分が期待していたような成果ではないことは間違いなかった。

むしろ、成果よりも教材につぎ込んでいる金額の方がはるかに大きいので貯金残高は減っていた。

しかも、いろんなことに手を出して風呂敷をコントロールできないくらい広げすぎてしまったために、やることもいろいろと増えて今度は時間が足らないし、中途半端になって混乱していた。

多少なりとも成果が出るようになったものの、むしろ状況としては以前よりも悪くなったかもしれない。

仕事と両立してやっていたので疲れもたまり、癒やしの時間もない。

貯金も目減りして恋人や友人からの誘いを受ける余裕もなくなった。

プレッシャーや不安、焦りはますます強くなって頭をかきむしったり、爪を噛んだり、服を脱いで裸になったりもした。

一刻も早く苦境から解放されたい。

とにかくもがき苦しんだ。

空から垂れる一筋の蜘蛛の糸がやっと見えてきた気がしたから、それにすがりつきたかった。

壊れる

ある日、私は壊れた。

長時間パソコンに張り付き過ぎたために、腰がやられて起き上がれなくなった。

そんな状態で会社にいけるわけもなく、久々の休日がやってきた。

部屋で一人、ポツン。

そこには外の建築工事の音を聞きながら静かに考える時間の余裕があった。

「なぜ?なぜ上手くいかなんだろう?why, why, why…」

これまでやってきたことを一度、整理して振り返ってみた。

何をしているときは結果が出て、何をしているときは結果が出なかった?

はっきりとはしなかったけど何かぼんやり、かすかに見えてきた気がした。

しかし、、それが一体なんなのかはまだよく見えてこない。

枕元に置いたスマホに手を伸ばし、他の人の状況も分析してみた。

自分の問題を解決するためにこの旅に出たわけだけど、世の中には自分の他にもハンディを抱えながらインターネットビジネスに挑戦しており、もっと上手くいかずにもがいているチャレンジャーがたくさんいることに気がついた。

そして、その中には既にもうチャレンジを諦めてしまったのか、何日も更新されてない抜け殻になったブログを発見することもあった。

ハンディを感じていた自分としてはなんだか他人事ではないような気がして、もし私が正しいやり方を理解して実践して成果を上げていれば、同じような境遇でもがいていた仲間を励ますことができたのではないか?

今まで一人で孤独にやってきた分、どこかで彼らのことに親しみを感じた。

だから、更新されていないブログを見つけたときは何とも言えず、切なくなった。

「自分もこうなるのだろうか?」

長い間更新されてないブログにある運営者のプロフィール。

そのプロフィール欄にあるイラストが、私にニッコリ、意味ありげに微笑えんでいたのが印象的だった。

最大の閃き

分析の旅の中で、一件の広告がふと目に止まった。

「彼を知り己を知れば百戦危うからず」

孫子の有名な言葉だ。

このとき、急に閃きが生まれた。

「見つけたかもしれない…!」

今まで”彼(外側=アウトサイド)”のほうばかりに目がいってしまって自分のことには全く目を向けていなかった!

とにかくノウハウやハウツーばかりを追い求めていて、”己(内側=インサイド)”の方はよく知っていなかった。

学びや実践の中で結果が出たり、出なかったりするのはなぜだろう?

そして、全く同じ学びや実践をしているにもかかわらず、人によって結果が全く違ってくるのはなぜだろう?

自分の中で今まで見て見ぬふりをしてきた自分を阻むもの、足りないもの、問題に目を向けた。

同様に既に手にしているもの、持っているもの、使えるものも棚卸しして整理した。

今ないもの、今あるものは人によって違う。

つまり、スタート地点も違う。

だから、人によって適切な道筋は当然のように異なる。

けれど、巷に売られている教材は画一的なものしかない。

なぜなら、「彼を知る」ところにフォーカスされたものばかりだから。

それまで私は自分のことには意識を向けず、ただただ、彼のことばかり知ろうとしてた。

私が見てきた他のチャレンジャーで、上手くいってない人たちは概ねみんな同じ状況だった。

シフトチェンジ

私は自分を切り替えた。

自分の得意なもの、苦手なものは何か?

ギャンブルは昔から苦手で数回しかやったことがないパチンコでも勝てた試しがない。

一方、学生時代に励んだサッカーは、地道にトレーニングを積んだ結果、勝てた試合が幾度もある。

個人競技よりも、チームでいた方がやる気がわくタイプでもあった。

こうしてあるかどうかもわからない一攫千金話を狙うのではなく、コツコツ地道に積み上げていくタイプのビジネスを構築することにフォーカスをあて始めた。

地道に積み上げていくタイプは実力が反映されるから、自分の力を伸ばせばそれにともなって成果も上がる。

この答えに気づけたのはひとつの革新であり、自分が行くべき道を確信できたときでもあった。

ご褒美

私はまず目標を定め、自分が抱えているハンディや今使えるリソースを見つめ直した。

リソースとして、肉体的、精神的、性格的、能力的、経済的、時間的…思いつくありとあらゆるものを整理してみた。

そこから今の自分にとって適切な道筋を立て、自分がその通りに歩むためには何を補い、何を伸ばせばいいかということも確認した。

登山をイメージして例えてみると、靴、防寒具、杖、コンパス、はたまたガイド、登山仲間…様々なものが足りてないということがわかった。

しかし、必要なものはこれでわかった。

必要なものを得るために選択して学び、コミュニティに参加し、自分にとって必要なスキルを磨いた。

そして、あとはひたすら実践。

その結果、3ヶ月後に月10万円を達成でき、翌月の途中でそのまま月20万円も越えた。

「給料を越えた・・・!」

気がつけば本業よりも少ない時間で取り組んだインターネットビジネスの方が収入が大きくなっていた。

その日はお祝いにウイスキーを買いに出かけ、3,000円のロックグラスも注文した。

そして、なんとなく過去に分析したときに知った同時期に始めた人のブログを訪れてみた。

「今、あの人どうしてるかな?」

そんな軽い気持ちだったけれど、同期だから親近感を感じていた。

単純にそんな興味で覗いてみた。

しかし、すぐに覗かなければよかったと後悔する。

生死不明

私は悲しくなった。

私と同時期に始めた数人は消えていた。

ブログの針は止まったまま。

ブログ自体が消滅してアクセスできなくなってる人もいた。

生死不明。

一時期はコメント交換していた人もいたが、その人もいなくなっていたのはショックだった。

もし、私がもっと大きな結果を出していたら?

少なくとも似たような状況にいる人が成功したら何かしら参考になるだろうし、彼らの励みなったり、手助けをできたかもしれない。

そうしたら彼らもまだがんばり続けていたかもしれない。

実際、私も同じようにがんばっている人を見てそれを励みにしてきたところもあるので、同期が脱落していくというのは自分のモチベーションにも影響するところがあった。

ただ、「たいして実績がない人間からなんて誰も参考にしないのでは?」少なからずこうしたネガティブな考えもあった。

でも、自分の力を試してみたいし、可能性を追求してみたい、、こうして、私は次なる目標として月100万円に挑戦することにした。

もし、これが実現できれば私と似たような人に大きな希望を示せるかもしれない。

私はもう一度、道筋を立てるために分析を行った。

朝食はコーヒー一杯だけの日々が続く…

「前進を阻むものはなんだろう?」

真っ先に思い浮かんだのが時間の問題だった。

私の時間割は、1日のうち12時間が会社に割り当てられている。

しかも移動時間や諸々の家事時間を含めると自由に使える時間はもっと少なくなる。

目標を遂げるためにはもっと時間が欲しかったし、そのためには、今までお世話になった会社に「辞める」と伝えるほかなかった。

会社の社長は当時付き合っていた彼女の父親で、東京での出稼ぎの関係で彼女とその父親との三人暮らし。

環境的にはだいぶ、気まずい。

複雑な関係なので会社を辞める話はそう簡単に切り出せるものではなかったけど、挑戦するなら言わなければならなかった。

「金曜までには言おう。でも何事もなく済むだろうか・・」

結局、何日も、何週間も辞意を伝えることを先送りした。

かつてないほどの葛藤を感じ、考えると胃がキリキリ痛むので朝食はコーヒー一杯だけの日が何日も続いた。

でも、早く言わなきゃならない。

やると、そう決めたのだから。

仕事が終わり、帰宅し、それぞれの部屋に戻る。

その日は別の部屋に彼女もいて、珍しく早い時間帯に3人が揃った。

いざとなれば彼女の部屋にいって泣きつくこともできる、この安心感は強い。

父親は部屋に戻ってから取引先かスタッフか、誰かと電話をしていた。

告白までに猶予を得たので自室でボロボロになっていた座椅子に座ってしばらくシミュレートを始める。

「彼女から伝われば楽なのに、、いっそクビになれば楽なのに。。」

10分くらい経った頃、電話の話し声が終わった。

私は廊下に出て耳をそば立て、電話中じゃないことを確認した。

内心、もっと電話していてほしかった。そのまま一日が終わってほしかった。

喉はカラカラで指先は冷たいし足も震えていた。

CMで見た力士を真似をしてパチン、と頬を叩いた。

心臓の音が聞こえないように忍び足でドアに近づき、右手をグーにして呼吸を隠し、祈りながらノックした。

コンコン、

「今、いいですか?」

返事を待って、ドアを開けた。

緊張のあまり、何を言ったかは覚えていない。

でも、思った以上にあっさりOKをもらえたことは覚えている。

ドアを閉めたあと、逃げるように彼女の部屋に飛び込んだ。

これでひとつ、念願だった起業という夢が叶った。

しかし、これはまだ新しいスタートにすぎない。

そして、新しいスタートを切ったとき、順調だったかというとそうではない。

取り返しのつかない、大切なものを失った。

求めてくれる人がそこにいた

私は独立するにあたり、一度地元に帰った。

彼女たちはまだ東京にいたため、会う機会もめっきり減った。

そんな状態になってから半年後、それまで毎日のように連絡を取っていた彼女からある日突然連絡が返ってこなくなる。

「あれ、もう一週間経つけどどうしたんだろ?送った内容がまずかったかな…それとも忙しい?忘れた?でも、なんか自分からまた送るのも癪だし・・まぁ、仕事に集中したいかったからちょうどいいかも。そのうち返ってくるだろ。」

一ヶ月後。

久しぶりに連絡がきた。

別れを告げる連絡だった。

6年付き合っていた彼女と別れ、心にポッカリ穴が空いた。

思い描いていた幸せな家庭像のピースがひと欠片消えた。

自分はなんのためにやっているのか?

悲しくはなかったと思いたかったけど、予想に反して涙はだいぶこぼれた。

しばらくは何も考えられず、仕事にも手を付けられなかった。

そんなある日、意気消沈していた私の受信ボックスに一通のメールが届いた。

それは、私のもとに助けを求めてきた人からの問い合わせだった。

これは私にとっても助け船だった。

ポッカリ空いた穴に、スッポリ。

今、自分に残されているものは自分で始めたビジネスしかない。

しかも、それを求めてくれる人がいた。

私は再度、立ち上がった。

私は彼らに自分が発見したアイデアを教えるとともに、人によってスタート地点が違うので、やり方についてもサポートするプログラムを提供するための準備を始めた。

まず、無料のレポートを用意して一般公開した。

そして、その中でもやる気に燃えていて変わりたいという意志を強く持ったごく一部の人にプログラムの提供を行った。

15人のメンバーが集まり、1日にして300万円を売り上げた。

予想以上に大きな反響、そして嬉しかった。

やってきたことが報われた気がしたから。

このプログラムに参加してくれたメンバーも着々と結果を出し、このときに彼らもそれぞれ色んな想いや事情を抱えてチャレンジしていて、そのサクセスストーリーはどれも胸を打つものだった。

自分も勇気をもらえるし、心温まる。

だから私はサクセスストーリーをもっと広げていきたいと思ったし、そのために活動しています。